彼の作品は多岐に渡り、私は全てを網羅している訳ではないが(熱心なファンの人がいたら申し訳ないぐらいの駄文を失礼)
アメリカ、ニューヨーク、ブルックリンの
陽の当たる部分ではなく、どちらかと言えばその影で、淡々と日々を暮らす人々や街の描写がとても好きだ
日本で例えるなら、東京の下町のなんて事のない場所の暮らしのような
そんな感じだろうか
しかし誰も気に止めない場所、誰しもに物語はある
奇妙な事や、偶然の重なり
見知らぬ人だけど、偶然同じ日に同じ行き先で何度も会ってしまうとか
そんなような些細な事を
至って真面目に、生活の延長線上にある、生きる事の本質に結びつけ、軽快さを感じさせつつも深妙に、言葉が綴られていく様は
まるで散歩しながら、目に映る物や人について喋り続ける人と一緒に街を練り歩くような感覚だ
(無論、これらの感想はポール・オースター作品のほぼ全てを翻訳してる柴田元幸氏の語り口がミラクルフィットしている事が凄いのだが、それはまた次の機会に)
さて、そんな中でも私が一番愛して止まない一冊がある
「ムーン・パレス」だ
冒頭はこのように始まる
(以下本文冒頭から抜粋)
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それは人類がはじめて月を歩いた夏だった。
そのころ僕はまだひどく若かったが、未来というものが自分にあるとは思えなかった。
僕は危険な生き方をしてみたかった。
とことん行けるところまで自分を追いつめていって、行きついた先で何が起きるか見てみたかった。
結果的に、僕は破滅の一歩手前まで行った。
持ち金は少しずつゼロに近づいていった。
アパートも追い出され、路頭で暮らすことになった。
もしキティ・ウーという名の女の子がいなかったら、たぶん僕は餓死していただろう。
その少し前にキティと出会ったのはほんの偶然からだったが、僕はやがてその偶然を一種の中継地点と考えるようになった。
それを契機に、他人の心を通して自分を救う道が開けたのだ、と。
それがはじまりだった。
そのあとは、いろいろ奇妙なことが僕の身に起きた。
僕は車椅子の老人相手の仕事をはじめた。
僕は自分の父親が誰なのかを知った。
僕はユタからカリフォルニアまでの砂漠を歩いた。
もちろんそれは、もうずっと昔のことだ。
でもあのころのことは忘れていない。
それらの日々を、僕は自分の人生のはじまりとして記憶している。
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私はこの1ページ目を読んだ瞬間
あっという間に心を奪われてしまった
何か少しでも感じる物があれば、茶店で珈琲を飲みながら(愛煙家であれば煙草を嗜みながらも)
ちょっとした冒険に出てみてはいかがだろうか
いや、あるいは晴れた日の大きな公園で
木陰のベンチに座り
ページをめくるのが良いかもしれない
そのほうがきっといい
ところで、この「ムーン・パレス」を私に勧め
ポール・オースターを始めとして色々な物を教えてくれた
「帽子の人」との出会いを話そうと思ったのだが
それがまた長くなりそうなので、次回とする
ではまた