夕方近くの茶店
オレンジ色の白熱灯で照らされる、雑然としつつも独特の世界観が完成している店内
まばらなお客さんたちの談笑
そんな中、少し居心地のわるい(失礼)椅子に座り、テーブルの上の文庫本や新聞、雑誌等の読み物を、読んでるんだか読んでないんだか分からない顔でコーヒーをすすりながら聴くチェット・ベイカーは格別である
このご時世で恐縮だが、煙草の1〜3本でもあれば尚の事
(愛煙家たるもの、珈琲一杯で煙草は3本までが限度であろう ※尚、うちの店は残念ながら禁煙)
その日私は、新宿にいた
確か待ち合わせだったように思うが(今となっては定かではない)
約束の時間まで少しばかり間が出来たのだ
1〜2時間の自由
さて、どうしようか
こういう時、東京屈指の繁華街であてもなくウインドウショッピングも良いのかもしれない
私も場合によってはそうするだろう
しかし多くの場合、私は人混みに踏み潰されそうになるメンタルの持ち主なので、とにかくまず避難先を探すことにするのだ
全国どこでも見つけられる避難先、喫茶店
私が上京した頃には、すでに文明の利器スマートフォンが台頭し始めていたので
土地勘の無い者であれど、テクノロジーを駆使すれば、おびただしい数の店がひしめくコンクリートジャングルでも避難先をいくつか見つける事が出来、
その中でも一段と際立っていたAという店に私は向かう事にした
その店にはどうやら猫がいるらしい
駅から少し離れてはいたが、他に行かない理由が無かった
人の流れを読みながら足早にスタコラと人にぶつからないように歩き
歌舞伎町を横目に二丁目までたどり着く
まだ午後の歌舞伎町界隈は、本来の姿はこれからというような閑散とした路地
年季の入った建物が隙間無く寄り添い、支え合うようにしてくっ付いている
場所はもうすぐそこのはず、1つまた路地が見えたのでそこに入ると喫茶店らしきものが見えた、と同時に何か聞こえてきた
店に近づく程それは大きくなり、店の目の前に着いた瞬間に私は思わずニヤリとした
That Old Feeling
もはや建物の一部となった店前の販促用ベンチや
スパゲティの食品サンプルが雑然と置いてある店先の、何故か外に付けられたスピーカーからチェット・ベイカーが流れていたのだ
これは当たりだなあ、と
話のネタにする事を考えながら私は扉を開ける
するとそこには情報量の多い、なんてもんじゃない程の空間が構築、完成されていた
詳細は省くが、これぞ喫茶店の醍醐味といった感じか
(ちなみに猫さんは遠くで眠ってらした)
そして着席、オーダーして一息つくと
耳に入るはBGM
しかも、外で流れてるのと違う曲だ
店の外もチェット・ベイカー
店の中もチェット・ベイカー
エンドレス、チェット・ベイカー
思わずまたニマリ、とする
太陽が低くなりかけた午後
私はそこでコーヒーを頂き
遠くの猫の丸いフォルムを眺めながら
煙草を3本ほどつまみ
延々とリピート再生されるチェット・ベイカーの
CHET BAKER SINGSというアルバムを1週半ぐらい聴かされ続け
ただただ、その魔力的なエネルギーに溢れる異世界に身を預けて過ごした
(私は後日、その話を半信半疑の彼女を連れてもう一度行く機会があったのだが、流れてたのは結局チェット・ベイカーだけだったな、という記憶しかない)
喫茶店に行くと、結構な確率でBGMとして聞こえてくる
私はあの店の事を
いつまでも思い出す
そして、うちの店でも
よく流れているのは言うまでもなく
夕方、閉店間際
優しい歌声と柔らかなトランペット
どこでもないどこかで
珈琲をすするだけの時間
そんな瞬間が
誰かの記憶に残ったりするのだろうか、
などと思ったりする
その後、そのお店はSNSの投稿ブーム到来により
一躍有名になり、度々メディアで目にする機会も増えたが
今現在、店のBGMがどうなっているかは
いつかまた、自分の身を持って確かめたいと思っている
さて
2回に渡って長くなってしまったが
私がお伝えしたいのは
チェット・ベイカーはジャズに詳しくなくても、ジャズの入口として本当にオススメ、ということ
チェット・ベイカーのベストアルバム的なCHET BAKER SINGS
ご興味が少しでもあれば、是非に
ではまた
初めて買った中古のジャズはボロボロになっても愛おしいもの